「――はい、着席、出席取るぞー」
新たな担任が入って来た瞬間、ざわついた教室がわずかに静まり、代わりに数十人分のイスをひく音がガタガタと響く。いつもの見慣れた光景。だが、ふと前方に目をやると、未だ目に慣れぬ金色の髪と黒い学ランのコントラスト。先ほど廊下でいきなり話しかけてきたと思ったら、よりによって一番聞かれたくない自分の名前を聞いてきた男子。そのうえ、急にフレンドリーに英語でまくしたてられた。なんというか、色々と判断に困る輩である。
考えながら、実は珍しく少女の気は動転していた。普段ならば敵を作らず、誰に対しても愛想良く振舞うのだが……今回ばかりは不覚だった。質問の内容が、彼女のコンプレックスど真ん中のそれでさえなければ!もっと親切に対応して、信頼させて、あわよくば利用、いや有効に活用させてもらおうと思っていたのに。三年目ともなると、校内のある程度の人間関係は把握している。だてに占いで人の悩みや秘密を握れる立場にいない。そこへ、この新たに投じられた一石が、どんな波紋を描くのか。モノがモノだけに予想しづらい。なるべく悪影響は避けたいが――などと打算的な思考を少女がめぐらせているとも知らず、教室内は新年の期待に満ちたいたって穏やかな雰囲気に包まれている。
「じゃあ今から始業式だから廊下に並んで――」
どうせこんなに近くにいるのだから、今日の行動の大半は前の席の少年と一緒になるだろう。仲良くなっても損はない。良くも悪くもかなり目立つ存在だ。今後味方につけておけば、メリットがあるかは分からないけれど、少なくとも不利にはならないはずである。いい機会だ、お近づきになってみよう。
「もしもし?」
話を聞いていなかったのか、席をたとうとしないクラスメイトに声をかけると、青い目がキッとにらみをきかせてくる。……あれ、この反応は予想外。明らかに可愛い女子に話しかけられた男子の反応ではない。
「あの、並ぶの、分かります?」
「ああ、ハイ。どうも。」
ぷいっと背を向けて行ってしまう。これはもしかすると、嫌われてしまったのだろうか。そう言えば自分もさっき同じようなことをしたっけ、と思い返す。根に持つタイプなのか。そうなると、懐柔するのはちょっと難しい。面倒くさいことになりそうだ。とにかく、移動先は同じなのだから、後を追う形で少女も続く。生徒でごった返す体育館内でも、目立つ容姿のおかげで目標を見失うことはなかった。(男子の固まりに埋もれるとちょっと危なかったが)
「で、ワシが学園コメディとしてのスカート丈に関して提言するなら――」
人間なのかなんなのかよく分からない、いろんな意味でゆるい学長の挨拶は右から左に聞き流して、少女の頭にあるのは今後の対策と、教室で行われるクラス全員の前での自己紹介。これさえ乗り切ればもう一年間は嫌な思いをせずともいい――のだが、ふと気づく。
(よく考えたら、オールカタカナの彼のインパクトの後なら、私の名前もさして目立たない?)
そう考えると、少年の存在は有難い。みなが彼に注目している間に、自分の名前をさっと言ってしまえばいいのだ。そうか、木を隠すのは森の中、人を隠すのは人の中。忍術の基本中の基本。ならば、変わった名前を隠すのは、同じく変わった名前の隣。
――使える。
あやふやだった少年に対する針は今、「有利」の方へガクンと振れる。そうと決まれば話は早い。まるで砦を落とす忍がごとく、任務を完遂してみせよう。ようやくこのくのいちの血を発揮するときが来たと、彼女は内心黒い笑みを浮かべて空になった壇上を見つめていた。
こりゃなかなか友達できないよね、な面倒くさい性格のレオと
計算高の腹黒美少女のテンプレ、ぼたんの対極に位置するドビンちゃん。
始業式の後に待っている自己紹介、レオの直後というのは果たしてどう転ぶのか。