「みやま……の次がもちづき、なるほど。」
自分よりはるかに目立つ名前が隣に並んでいるのを目にして、先ほど耳にした会話の真意を知った。うん、今回は、「おまじない」をするのは止めておいてあげよう。
「明らかに外人さんのお名前ですわね。」
それも自分の前の席とは、果たしていいのか悪いのか。とにかくおもしろいことにはなりそうだ。いったいどんな人なのだろう。レオ、だから、多分男の子だとは思うけれど。でもこんな時期に転校してくるくらいだから、日本生まれ日本育ちの名前がそれっぽいだけの子かもしれない。見た目だってハーフかクォーターか分からないし、特に自分たちと変わらない気もする。少なくとも絵にかいたような金髪碧眼の外人さんなんて、実際そんなにいるわけがない。なんの根拠もないのだけれど。
「アノ」
「!」
そう思った矢先、聞こえたのはなまりの入った日本語。これは、まさか。
振り返って目に飛び込んできたのは、色鮮やかな金の髪と青い眼。
前言撤回。絵にかいたような外人さんでした。
間違いなく太郎や花子よりも「レオ」のほうがしっくりくる顔をしている。
そんなことを考えていると、いきなり少年は掲示を指さして何事かを喋った。 日本語?ああ、日本語だ。
何々、「この名前の人を探している。」と。
お見事だ。文法も単語も、何も間違っちゃいない。
だけど、さっぱり意味が分からないですわ。
だって、指差した先にある文字は何度確認しても。

望月――ドビン。

私の名前なのだから。






「――……私、ですけど。」
ようやく何かを喋ったと思ったら、少女は自分を指さした。
「アナタが、この人?」
「はい、そうです。私が望月……です。」
モチヅキ、多分それは漢字の方。自分が気になるのはその下だ、その下の名前。ええと、なんと読むのだったか、これは。
「えっと、下のは、何と読みますカ?」
「は?」
質問したのに、逆に聞き返された。今なんて?と。一瞬だけ、ちょっと怖い顔になった気がするのだが、気のせいだろうか。というか殺気のようなものすら感じるのだが。いや、こうしてでかでかと書いてある文字の読み方を聞くくらい、いいじゃないか。何が悪いと言うのだろう。
「カタカナ難しいデス。私と同じだから、気になりまシタ。」
そう言うと、ああなるほど、と言うように殺気のような何かは若干やわらいだが、よっぽど嫌なのだろうか。結局教えてはくれないらしい。口をつぐんだまま動かない。というか、自分にとってももうどうでもいいのだが。少女の容姿を見たところ、「仲間」でも何でもなさそうだし、興味はとっくに薄れている。嫌なら無理に教えてくれなくてもいい。
「――はい。どうぞ。」
無造作に差し出されたのは生徒手帳の切れっぱし。反射的に受け取ると、今まさに書きましたとばかりに、走り書きのローマ字が並んでいる。勝手に読め、ということか。そこまでして口に出したくないのだろうか?
「D……」
「これでいいでしょう、えーっと、ミヤ、レオさん?私はそろそろ教室に戻りますわ。」
「Wait! Ms. Dobbin ! 」
「!?」
「Why are you afraid of telling your name?ドウシテ言いたくないんでスカ?」
なんだ、やっぱり仲間だったんじゃないか。徹底して口にしたがらないから、何かよっぽど変な名前なのかと思えば、なんのことはない。この「Dobbin」というファミリーネーム、普通にあり得る苗字のひとつ。ここまでして、頑なに隠そうとする意味が分からない。もしかしたら、彼女自身の見た目は周囲となんら変わらないが、背後に色々複雑な事情を抱えているのかもしれない。
「Where are you coming? I’m from…」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
「I’m glad to meet you. How about…」
「アイキャンノットスピークイングリッシュ!」
「Can’t ? 本当でスカ?じゃあ、ドビン、さん。あなたの……」
「ストップ。それ、その名前で呼ばないでください。」
「?だから、分かりまセン。何故ですカ、ドビンさん。嫌ですカ?」
「嫌に決まってます。」
「何が嫌ですカ?」
「何がって……。」
あきれた、という表情をされて、こちらもむっとする。せっかくフレンドリーに接することができたと言うのに、心外だ。というか、本当に嫌だと言う意味が分からない。
「言ったって、あなたには分かりませんわ。」
つい、とそっぽを向いて廊下に置いて行かれて、少女の機嫌を損ねたことを知る。だが分からない。何がそんなに嫌だったのか?言ったって分からないのなら、言わなければなおさら分からないだろう。これがあれか、沈黙は金と言うやつか。だが我が師は確かに言っていたではないか、「弁無くして愛は生まれぬ」と――いや、別に愛を育もうとしていたわけではないのだから、これでいいのだろうか?
そこでちょうど始業を告げるチャイムが鳴る。どちらにせよ、今の自分が行くべき場所はあの少女の所なのだ。そのまま連れだった形で教室に入る。
「……。」
一瞬目があったものの、かなりおしゃべりな無言である。三点リーダというのはこんなに雄弁だったのか。
この視線、明らかに「呼ぶな」と言っている。
頼まれずとも、もう呼ぶ必要はないのだから安心してもらって構わない。ああ、せっかく同類だと期待したのに。どうやら見当違いだったらしい。乱暴に椅子を引いて、どっかと勢いよく腰掛ける。席が窓際でよかった、外を眺めて暇つぶしができるのが救いだ。とにかく少女のおかげでこの場所にたどり着けたのだから、そこだけは感謝してやろう。少年は頬杖をつきながら、中途半端に花を残したサクラの木々の周りに散らばるゴミを見て、掃除が面倒くさそうだといったどうでもいいことをぼんやり考えていた。
ドビンという名前が変な音には聞こえないレオと
それ連呼するのやめれなドビンちゃん。