欲張り
一体 どんな『自分』を選ぶのか 見てみたいと思った 自分には迷う必要など 生まれたときから なかったから 「いいんですか?」 伊賀の里の塀の上 里を出ていく少女を 黙って眺めていた小太郎の足下から 突如 そう問う声がした。 「なんだ、誰かと思えば・・・」 「人が悪い・・・ 最初からわかってらしたんでしょう?」 「気配くらいはな。誰とまではいかないさ」 「・・・」 どうだか、と どこか 憮然とした顔で小太郎を見上げ、 黒髪の女はため息をつく。 女の名は 風魔の鬼の会計、三崎ヤマナ。 党首である小太郎に一番近い存在である。 「よくここがわかったな・・・ で、何がいいたい?」 「とぼけないで下さい。 獲物を目の前にしておきながら みすみす逃すなんてお頭らしくもない・・・」 「獲物じゃないって ・・・まさか見てたのか?」 「生まれ変わったというお頭が どのように『再始動』されているか 把握したいと思いまして」 言って三崎は、 少女の送別ですっかり空になった里をみやる。 「これがその結果ですか」 「わざわざそんなことを 言いに忍び込むとはな」 「狙ったものは絶対に手に入れる。 空き巣、強盗、人さらい、 なんでもござれの極悪忍者・・・」 「それを聞くのも久しぶりだ」 涼しい顔のまま 小太郎は三崎の言をかわしてくる。 そんな党首に 三崎はまた ため息を一つもらした。 「・・・あの時」 名前が欲しいと 独りぼっちは怖いと 泣いてすがった少女は 不安に 逆に縛られているようで 「あの時、なんでもいいから 名前を呼んでやればよかったんじゃないですか? そうすれば」 「そうだな・・・」 言って小太郎は 腕を頭の後ろへ回し 上を見上げる。 ―呼んで? 少女の声が蘇る あのとき 呼んでやろうかとも思った あまりに必死だったから でも、 なにかが違う あそこで名を与え 自分のものにしてしまうのは 「―なんか嫌だったんだよな」 「嫌?」 「なにか違うんだ。 ・・・そんなあいつは見たくない」 あの時の少女は 何でもいいから 掴みたかっただけだ 「・・・」 「納得いかないようだな」 「・・・いえ、そんなことは」 「・・・三崎、俺が狙ったものを逃したことあったか?」 「伊賀ずきんに関しては多々あったと」 「・・・・・・・・・。 まあいい。 とにかくあいつが 自分でどんな自分になるのを選ぶか、 見届けた後でも遅くはないだろう? ・・・俺は欲張りなんだよ。 たとえ生まれ変わったとしても」 ―同じ手に入れるのなら 自分が望む最上のものを 笑顔を もっと側でみたい この自分の心が 欲しいと思った 誰よりも 自由で 誰のものでもない あの笑顔が好きだから 「・・・浸ってるところ失礼ですが、そろそろ」 「ああ・・・『風魔小太郎』は、今から仕事か?」 あえてそう言ってくる党首に 三崎は少しだけ表情を曇らせる。 「―・・・党首としての責務、お忘れですか」 「だからわかってるって。今度はあの城だろ?」 「はい。―・・・皆の準備はすでに整えてあります」 「上手くいけばしばらくは黒字だな」 淡々と答える 党首の表情は読めないが 三崎にはわかる。 遠くを見つめている 目線が語っている。 「――お分かりのはずです。 我々は、キレイなまま 生きることなど できないはしない・・・」 聞こえないよう呟く。 同時にすっと 軽い身のこなしで塀に飛びのり、 間髪いれずに反対側へ着地をする。 「参りましょう。『小太郎』様」 「―ああ」 そう答えると小太郎は 塀から地面へと 跳び降りようと構えた。 その一瞬、 今まで見ていた方向に 改めて目をやる。 「―・・・じゃあな。 『――』」 そう呟いた 目線の先には ただ青い空と 緑深い山々、 そして 伊賀の里から まっすぐに のびていく道が一本 見えるだけだった。
あとがき
泣く子も黙る盗賊団の頭は、獲物に妥協は許さない。
うちのコタは最後まで攻めくさいです。
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