晩夏の午後
今年もまた 庭のひまわりが咲いた 蒸し暑さが 幾分か和らぎだした午後 夕暮れ前の時間帯 ぬるい風に さわさわと揺れながら いつから 咲いていたのだろうか 丈は高く 上に向かって伸びた 目に鮮やかな濃い黄色 夏の空によく映えていて 何故今まで 気付かなかったのか 不思議なくらいに 眩しかった 中には 花弁が散りだしたものもあって 随分と前から 咲いていたとわかる 何故だろう 今年はまた 四季の移ろいを 一段と早く感じる いつの間にか 季節は晩夏を迎えていて ヒグラシがカナカナと もの憂げに鳴いていた ―そうか ひしめき咲いた花を見渡して ふ、と気付く ―もういない、んだな 当たり前のことを 今更のように思い立った 修行の途中だというのに 花が咲いたと喜び 空がキレイと浮かれ 季節の便りに いちいちはしゃいでいた少女は もう、いない だからなのだ こんなにもあっけなく 夏が過ぎ去ろうとするのは ―和歌集 ―花畑 ―かわいい動物 ―甘い菓子 そんなものに いちいち目を輝かせては 忍らしくないと 自分や 師である自分の父に怒られていた それでも 懲りることはなくて 時には拗ねて 家出するなんて言い出したこともあった そう ちょうど このひまわりが 同じように咲いていたころだった ―・・・それがなんだというのだ 無意識の内に 感傷的になっている自分に気付く ―らしくないな 旅に出るよう 仕向けたのは 他ならぬ自分だというのに 今更になって 少女の不在に感じ入っている ―帰ってくるつもりなのか・・・ 記憶の中の少女は あの頃から成長を止めたままで 変わらず無邪気に笑っている 自らを縛っていた 戒めを脱ぎ捨て すがりついていた 掌を大きく広げ 去っていった あの時のまま きっと今頃 どこか遠くの ひまわりの咲く道の傍らで 去り行く夏を惜しんでいるのだろう この徐々に茜がさしだした空に響く 物憂げな ヒグラシの声でも聞きながら




あとがき
抜けた歯車はわずかに時間と世界を狂わせていく。
うちの零蔵様は最後まで天然です。
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