お客様は神様です。(3)
昼間とは打って変わって屋敷内は静かなものだった。
過ぎ去った嵐の余韻に浸りながら伊賀ずきんは屋根から下りる。
「やれやれ・・・相変わらず神出鬼没なんだから・・・」
「誰が鬼ですカ、ミス・ゴールド」
背後から現れた人物。背中に突き付けられた銃。
どうやら嵐はまだ過ぎていなかったようだ。
「ッ・・・まだいたんですかレオさん」
「まだいたとは失礼な、当たり前デス。私はあなたを殺めるために来たのですカラ」
チャキ、と種子島を構える。こめかみに当たる銃口の冷たさ。
なんとかしなければ、しかし下手に動けば即撃たれる、身動きができない。
ツ・・・と冷や汗が頬を伝う。
「・・・・・・あなたには恨みがありますカラ」
レオが指に力を込めるのがわかる。
「グッドラック、ミス・ゴールド!」
――撃たれる!
カチッ
レオが引き金を引く音が響いた。
「っ・・・・・・・・・あれ?」
カチ、カチカチ
響いただけで、銃声はしなかった。
「・・・」
「・・・もしかして、弾切れ?」
よかったぁー、と伊賀ずきんはその場にへたり込む。
あれだけ乱れ打てば当然の事だった。
というかそもそもこの時代の鉄砲があんなに連射できるのか、
という話であるがそこはたぶん触れてはいけないのだろう。
「疲れたー」
伊賀ずきんは伸びをしながら縁側に寝転ぶ。
少しぬるくなった風が通り抜けていく。
無駄骨を折ったレオは伊賀ずきんの横にストンと腰を下ろす。
「標的が二倍になったせいデ・・・」
カチカチと引き金を引く。弾切れ、なんたる不覚。
後一歩だった。あと一発でも残っていたら、あのまま撃っ・・・。
途端、背中にぞっと寒気が走った。
あと一発でも残っていたら、自分は少女の頭を吹っ飛ばしていた。
そんな事はここに来る前から判っていたのに、今更になって何故こうも動悸が速まるというのか。
ちらり、と横を見る。
少女は寝転んで気持ち良さそうに風を受けていた。
その様子にほぅ、と息が漏れた。
それはため息によく似ていて、ため息ではなかった。
いつの間にやら日もとっぷりと暮れていて、空には半月が姿を現していた。
「・・・そろそろおいとまさせてもらいマス」
「じゃあ門まで送りますね」
立ち上がり歩き出すレオに伊賀ずきんも続く。
「・・・今日はスミマセンでした。ミス・ゴールド」
昼間走り回った屋敷内を歩いている途中、唐突にレオは謝罪を述べた。
「え、ええっ?」
まさか謝られるとは思っていなかった。
「いつもの事ですから!気にしないで下さい」
そんな事を言ってのけられるのは、報われなさにすっかり慣れたせいだ。
「そうでスカ。ならよかった」
レオはほっとしたように言った。
「それデハ」
「またどうぞー」
ぺこり、と一礼して去っていくレオが見えなくなるまで伊賀ずきんは手を振った。
「・・・あー疲れた。今日はもう寝よう」
「ここにいたか伊賀ずきん」
ぬっとまた後ろから人が現れる。
「わーっ!?・・・ってなんだ、零蔵様ですか」
「なんだとはなんだ。それより、お客様はお帰りになったのか?」
「はい、たった今」
「そうか、ご苦労だったな。」
零蔵はぽんぽん、と伊賀ずきんの頭を軽く叩く。
珍しく労われて、伊賀ずきんはえへへ、と嬉しそうに笑う。
「もう一仕事だ。頑張れ」
零蔵が笑顔で指差す。
「・・・・・・はい?」
帰路の途中、一度レオは来た道を振り返る。
「またいつかのように手伝わされるかと思いましたが・・・一人でも大丈夫なようでスネ」
スミマセンネ、と呟いて、そのまま歩き出す。
零蔵が指差した先には、昼間走り回った屋敷。
「お客様と遊んだ後片付けだ」
―屋敷内は銃弾や忍具が散乱し、戦場さながらの光景で・・・
「っ・・・・・・レオさんが謝ったのってこの事だったんですかーーーーっ」
かーーーっ
かーーっ
かー・・・(エコー)
彼女の長い一日はまだ終わりそうにない。
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