ぼたんside

「さてと、では。ぼたん!こちらにおいで」
「はい!」
出雲守に呼ばれて駆け寄ると、そこに小さな人影があるのに気付いた。
「――では佐助、頼んだよ。ぼたん、この子は望月佐助という。この里で修業している。年も近いことだし、色々教えてもらうといい。」
そう言って引き合わされたのは、先ほど自分を起こしにやって来た無口な男の子。
初対面、というわけではないのだが、正直、全く印象に残っていなかった。
こうして改めて正面に向き合ってようやく脳内にきちんと認識された感じだ。
真黒い髪に、真黒い瞳。
よく見たらあどけなさの中に精悍さをやどした、いわゆる少年漫画のキャラクターにふさわしい顔をしている。
成長すれば主人公だって張れそうである。いわゆるイケメン候補。
……しかし、それを許さない何かボケっとした雰囲気。
決して存在感が薄いというわけではないのだが、自分を空間に主張する気がさらさらないという空気をまとっている。そのせいで印象に残りにくくなっているようだ。
どこ見てるのかよく分からなかった視線がぶつかり、自分の方を見ていることに気づく。
まあ、悪いやつではなさそうだ。
「よろしく。」
「…よろしく。」

「今日はそうじゃな…佐助も疲れているだろうから、里でも案内してあげなさい。」
「疲れてる?」
「ふぉっふぉ。昨日の夜は忍務だったから、まだちゃんと寝てないんじゃよ。」
それは大変だったろう。だが、それでも面倒を見てもらえと言われれば、ぼたんに選択権はない。よく近所のやんちゃな男の子たちに混じって遊んでいた自分だが、こういう大人しいタイプとは関わったことがないから、どう接してやればいいのか。
「……。」
一瞬こちらを見たが、そのまま目を逸らされる。喋らなくても、うなずくなりしろよ。それより他に何か言いたいことでもあるのだろうか。その態度に少しイラっとくる。
「――では、私はこれで。佐助、くれぐれも頼みましたよ。」
ポンポンと背中を押されて、佐助とやらが歩きだすのについていく。道すがら思い出したようにこっちが座敷、とかあっちが厠、とか教えてくれるのだが、それ以外は喋ろうとしない。それだけ昨夜の疲れが残っている、ということなのだろうか。
「やっぱり夜に活動するんだ、忍者って。あんたも端くれだったのね。」
最初見た時は普通の着物を着ていたし、まさか見習いだとは思わなかった。小柄で頼り無いが、これでもきちんと仕事をこなしているらしい。その点は認めてやってもいい、と思う。
「夜更かしは子どもにはきつそうねー」
なんとなく重たい空気を紛らわそうと、話を振ってみる。
「あのさあ」
「?なんだ」
「…佐助、でいいわよね?私もぼたんでいいから」
「ああ」
「佐助かー、忍者っぽい名前ね」
忍者と言えばサスケ、な気がする。偏見だが。あとは四角い手裏剣とか、巻物とかくわえてる感じだ。
「……そうか」
「佐助は、ここの家の子?」
「?」
「だって、今『望月』って言ってたし。ここの偉い人は望月って名前なんでしょ?」
「ああ…まあ」
「ふーん」
返答はしてくれるものの、いまいち会話が続かない。
こういう空気は苦手だ。
「あ、私のこの名前ね、さっきの人からもらったの」
「牡丹?」
「そうよ。
「そうか。」
「だから、私は今ぼたんになったばかりなの!」
「…じゃあ」
「…………もらったのがいい名前で本当よかったわ……。」
一歩間違えればサ○エさんファミリーの親戚的な、いいダシが出そうな名前で暮らさなくてはならなかったのだ。考えるだけで恐ろしい。『ドビン』の妹に同情する気が全くない訳ではないが、他人ごととなった今となっては笑えて仕方ない。こんなにネーミングセンスの重要性を切実に感じるとは…と色々語るにしても、これでは完全なる独り言だ。黙っているよりマシなのでとりあえず喋り続ける。
「本当、出雲守って人はまともでよか…」
「出雲守『様』だ。気安く呼ぶな。」
突然、ぴりっとした口調で怒られて面食らう。
「……なんだ。聞いてるんじゃない。」
「気さくに接してくださるが、我ら見習いにとっては師匠であり主でもある一番偉い方だ。常に最大限の敬意を持て。」
「…分かりました、よ。」
いままでボーっとしていただけに、こういう風に怒られるとは思わなかった。言うことはちゃんと言える癖に、自分から喋らないということは、単純に自分と話すのが嫌なんだろう。こっちだって好きで話してるんじゃないのに。そんなに大事なことなら、そっちから先に教えてくれてもいいんじゃないのだろうか?
「……確かにさっきの、出雲守さまって、すごい優しそうで落ち着いてるけど、一番偉い忍者なんだからすごい強くて頭もいいんでしょうね!貫禄っていうの?雰囲気も上品だし…」
「……。」
「ネーミングセンスもいいし!!……何?」
師匠を褒められている間は嬉しそうだったが、名前のくだりでは怪訝な表情を浮かべる。やっぱりさっきまでの話、主に『こんぶ』に関する部分はまともに聞いてなかったな、こいつ。まあ今はぼたんになったからいいのだけれど。
「あ、でもぼたんは『牡丹』じゃなくて『ぼたん』なのよ。」
「?」
せっかくいい名前と素晴らしい由来があるのだから、きちんと教えておいてやろう。
「だから、由来は牡丹でぼたんなんだけど、私の名前はひらがなで『ぼたん』なの!」
「……?」
だからなんだ、要領を得ない話し方をするな、とでも言いたげに眉をひそめられる。だったら口でそう言えばいいのに。
「だから、平仮名で『ぼ』『た』『ん』、なんだってば」
「……ほう。」
それだけか。「どうして平仮名なんだ?」とか「だから牡丹の花を持ってたんだな」とか、「佐助の由来は――」とか、何かしら言ってくれてもいいではないか。まあ他人には名前をもらえてどれだけ嬉しかったかなんて、分かりっこないし興味もないだろうけど。それでも少しくらい……
「あのさあ…」
「?」
「さっきからあんたからまともに発せられた会話文らしいものって、『様』をきちんとつけろって部分だけなんだけど。」
「……そうか?」
「ああ、とかうん、とかばっかりで、何か言ってくるのかと思えば黙るし…もう少しそっちから会話を続けようって意思はないわけ?あんたそんな無口キャラなの?」
「別に…普段は必要に応じて喋ってるが」
だったら今も喋れや、という怒りがふつふつと沸いてくる。
「へえ、つまり今は会話する必要がないってことね?」
「そういう訳では」
「つか、第一印象からして超やる気なさそうっていうのはどうなの!?まあそこは百歩譲って許すわよ!?疲れてるってのも分かるし!そりゃあんたにとっていきなりやってきて面倒見ろとか迷惑かもしれないけど!」
自分だってこいつと楽しくおしゃべりがしたい訳じゃない。それでも最低限、これから世話になるのだ。社交辞令的な会話くらいしておくのが礼儀だと思ったのに。
「せっかく人が質問しやすそうな話の流れに持っていってるのになんであんた一言『そうですか』で済ませるのよ!あーあ、社交辞令で会話もしてくれないとか、私も嫌われたものね」
佐助を見ていれば、自分に好意的でないことはすぐ分かった。なんだか面倒くさそうだし、目を合わせると逸らされるし、隣にいても落ち着かない様子だし。若干怯えられている気もするし――
「って、こんだけ言っても何も言い返してこないしさ…普通こんだけ言われたらムカつくでしょうが!あんたそんな弱腰でいいの!?こっちは喧嘩売ってんだからやり返しなさいよ!男のくせに言われっぱなしとか、いじめられっ子体質なワケ?」
ああもう、なんだかイライラする!!!!
「まったくもう…やっと忍里に来られたのに…なんでこんな弱虫と一緒にやらなきゃいけないのよ…」
初対面だというのに、勢い任せでかなり言いたい放題言ってしまった。普段から喧嘩して取っ組み合いになる、くらいの気概で同年代と接してきたから、こういう言われても黙っている奴には慣れていない。少し言いすぎたかな、と心のすみで思わなくもなかったが、それでもちらとうかがった佐助の表情は全く変化が見えなかったので、大して気にしていないのだろう。
「……もういいわ。とっとと部屋戻るから場所教えて。」
「俺の寝床の隣だ。」
「ああそう、じゃ、さっさと行くわよ。」
((苦手だ……))
初対面、向こうもそう思ったことは想像に難くない。
勝手に歩き出した自分の背中を引きとめもせず、数歩後ろから黙ってついてくる佐助に、今後の不安は尽きなかった。





佐助side→
先輩方に「押忍!!!」って挨拶する体育会系なぼたんから見たら「内気・弱気・根暗」な雰囲気の佐助は第一印象最悪、だったらいいな(いいなて)理不尽に相手に対して怒ったり、それ計算!みたいに自分の受けた印象で相手の行動の意図まで勝手に決めつけちゃう感じがぼたんっぽさだと思います。