「女の忍をくのいちということは知ってるわね?」 「はい」 「では、なぜくのいちと言うかわかる?」 「・・・いいえ」 「女の字を崩すとこのように『く』『ノ』『一』となる・・・ すなわちくのいちとは女が女でなくなりその姿を変えたもの。 そこには甘えも言い訳も通用しない。 与えられた身体ひとつでどんな腕力知力権力とも渡り合っていかなくてはならない。 そしてあなたの望む「強さで戦う世界」はあなたがくのいち――女であることで さらに過酷なものとなるのは分かるわね?」 「・・・」 「それでもあなたは行くの?」 「・・・決めましたから。」 そう、決めた。 強くなってみせる。 あの日をまた繰り返すことがないように。 ―― 欝蒼とした山中を、妙齢の女性に連れられて一人の少女が歩いている。 大人でも音をあげるような険しい坂、行く手を遮る生い茂った草にも、 少女は不平ひとつ漏らさずただ黙々と歩を進めた。 まるで弱音を吐けば負けだと自分に言い聞かせているかのように、ただ前だけを見据えながら。 「――歩き巫女はその崩した女の字を、目的都合その場に合わせて作り直すことで武器にする。 だけど忍は・・・女の字に刃を当て、心を殺して強さとする。その違いがわかる?」 ぽつ、と女性のほうが少女に尋ねた。 「はい、そこには占いもおまじないも媚びもないということでしょう?」 疲労を感じさせないはっきりとした声で、淀みなく少女は答えた。 「――惜しいことしたわ」 ふふ、と楽しげに笑いながら、女性は目の前の枝を払う。 開けた視界の先に突如人の手によるものと思われる柵に囲まれた建物が現れた。 二人が目指していた先、人も獣も通らぬような山奥に隠されひそかにその職務を果たす忍の拠点。 ――甲賀忍の里である。 「ここが・・・これから私が暮らす場所」 「一度足を踏み入れればもう戻れない。  妹とて気軽に会うことは許されない場所・・・これが最後よ。行くのね?」 「望むところです」 「――よろしい」 そう言いながら、女性はやはり楽しそうに笑う。 少女はただ、遅れぬよう足速にその背中を追いかけた。 「さて、そちらにいるのが件の子かね、千代女殿」 「はい。突然の申し出にも関わらず心よくお引き受けいただいたこと、  大変感謝いたしております。出雲守様」 二人が門をくぐると、花のある庭を通り抜けた先、小さめの屋敷の一画に通された。 風雅な掛け軸や立て花で質素に飾られた室内で、 終始笑みを浮かべながら穏やかに話すこの初老の男性がほかでもない 忍里の長――望月出雲守であるとはにわかに信じ難い。 「いやいや、礼には及ばんよ。しかしなかなか利発そうな子だ」 「ええ、それに気の強さや意志の強さは大人でも舌を巻くほどです」 「なるほど、よい忍になるだろう」 にこにこと笑いこちらを目をやる老人に、少女は黙って頭を下げた。 「では、遠路わざわざすまなかったね」 「いえ、では私はこれで・・・」 「・・・千代女様!」 二言三言、今後について確認し去ろうとする千代女の歩みを、少女の幼い手が引き留めた。 「――?」 「…さようなら、千代女様。  拾ってもらえて、私たち本当によかったです。  私、絶対に歩き巫女よりも誰よりも強くなってみせますから!」 「…おやおや」 ――強がっていても、齢はようやく十に届くかというところ。 ほんのわずかな日数とは言え、路頭に迷うはずの自分らを拾って 面倒見てくれた女性だ。 別れるのはさぞ寂しかろう。 そう思って別れを惜しむかと思っていた出雲守は、 すでにはるか先を見据えている少女の瞳を見て静かに目を細めた。 「ふう――やっぱり惜しいことしたわ。  あなたたち姉妹はきっといい巫女になったでしょうに…。  でも、それ以上に忍に向いているのかもしれないわね」 にこり、と笑って千代女は少女の頭に手を乗せる。 母が我が子を慈しむかのように、幼い頭を優しく撫でた。 おそらく、もう会うことはないであろう。 「まっすぐ強くおなりなさい。  では、達者でね。  ――――こんぶ」 「・・・・・・・・・はい。」 その一言を残し、足取り軽く去っていく千代女の姿を 少女はひとつの思いを抱きながらしばらく見つめていた。 ――いい場面のはずなのに・・・。 名前ってやっぱり大切よね。 正直、出て来てよかったわ。 そんな雰囲気ぶち壊しなことを思いながら、似たような境遇の妹に わずかに同情しつつも少女のくのいち修業は始まったのだった。
ギャグなのかなんなのか。お次も甲賀「組」にまだならないというちまちま進行。
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