教室から見える景色が一階分高くなる日――新年度が、やってきた。
――ああ、なんて、なんて憂鬱なのだろうか。この始業式というやつは――!
春一番の憂鬱と
- What's your name? -
着始めて三年目に突入した冬服に袖を通し、髪をサイドでふたつにまとめる。胸元のリボンをとめて、プリーツスカートを腰でひと折り、最後におろしたてのソックスを履けば、準備は完了!朝ごはんはもう食べた、歯磨きももちろん済んでいる。あとは新しい学年への期待に胸ふくらませ、意気揚々と登校するのみ、なのだが。
「……はあ。」
少女は目の前の鏡を眺めてひとつ、おもっ苦しいため息をついた。まるで鏡に映る自分が気に入らないとでも言うように、整えられた眉をキッとしかめて、綺麗にくくった髪をまた結び直す。ちなみに、これで三度目である。
「もう、いつまでやってるのです。遅刻しますよ!」
「はい、分かってますわ」
後ろから聞こえる養い親の一喝に、しぶしぶといった様子で隣に立てかけてあった鞄を手に取る。顔を上げた先の時計はすでに、新しい教室の席に座り、級友と談笑していてもいい時間を指していた。
「そんなに髪型が気に入らなくて?」
「違いますわ、新学期をむかえるにあたり、最善を尽くしたまでです。」
「それはよい心がけだこと。」
「第一印象は大切ですもの。」
ただでさえ自分は、人よりも不利なのだから――……というつぶやきは胸にしまって、そのまま門をくぐる。
「では行ってまいります、千代女様。」
「ええ――そんなに暗い顔せずとも、今日のあなたの運勢、なかなか悪くありませんわよ?」
「それはどうも。」
どうしてか始終憂鬱そうな少女の背中を励ますように、妙齢の女性は笑顔を浮かべて見送った。
(少しのんびりし過ぎたかしら)
腕の時計に目をやり、少しだけ歩調を速めた少女の見た目は、第一印象が「不利」と言うほどに悪くはない。
いいや、むしろかなり良い方に分類されると言ってもいい。軽やかな足取りで、ご近所さんにちょっと笑いかければその場は和やかムードに満たされ、その華奢な両腕で重い荷物を運ぼうものならかなりの確率で誰かが手を貸してくれるだろう。「可愛い女子」と学校中の男子にチェックされて然るべき容姿。少なくとも、本人もそう自覚している。
ただ、そう自覚しているからこそ、あるコンプレックスを持つ彼女にとって、このクラス替えというのは最も苦痛な行事なのだ。先の「不利」というのはもちろん、そのコンプレックスを指すのだが――それについてはおいおい明らかになるだろう。