わかっているから。
ある晴れた昼下がり、川辺りの道をレオは歩いていた。 目的地はもちろん人里離れた伊賀の里、憎いあの少女を暗殺しに行くのだ。 白昼堂々訪れ来客として案内されてから殺すのが暗殺と呼ぶかどうかは知らないが、 それはあまり気にしない。 幾度と無い失敗にもまだ懲りていないらしく、今回こそは!と気合十分である。 出発してから随分立つがまだ辺りには山村がぽつぽつと点在している。 時折道行く人とすれ違う。 その度レオは下を向き、目を逸らしたまま歩調を早めさっさと進んだ。 変わった服に珍しい金の髪。 田舎に行くほどに南蛮人は目立つ。 すれ違う村人は、遠くからでも歩いて来るのが日本人じゃないとわかっているはずだ。 だから、顔を見せない。 そして、相手の顔を見ない。 見たくない。 自分の姿を恐れ、存在を否定するかの様なあの表情を。 霞に潤んだ空の青 いたる所に芽吹いた若草の緑 咲き乱れた野花の紅、桃、黄・・・ やわらかな春色の中をレオは歩く。 そよ風はさやさやと草木を撫で、遠くで鳴く鳶の声が伸びやかに聞こえてきた。 どこまでものどかな日である。 しばらく歩くと、左手に花畑が広がっていた。 敷きつめられた淡紅色の絨毯、その上をひらひらと舞う白い蝶。 私、花が好きなんです いつか少女がそう言っていたのを思い出す。 手ぶらで行くより土産を持って行った方が入りやすいだろうし、より油断させられるかも知れない。 そう考えたレオは花畑の中に足を踏み入れる。さく、さく、と足を踏み出す。 その度に花が揺れる。とまっていた蝶達は驚いた様に飛びたち、 しばらくレオのまわりをひらひらと舞ってから、また花の上にとまる。 がさっ 突然、何かの動く音がして、レオは視線を前に戻す。 レオのいる場所より少し離れた所に、数人の子ども達が立っていた。 ―しまった。 レオは舌打ちをする。飛んだ蝶に、気を取られた。 レオに気付いた子ども達は皆、怪訝そうな顔をしながらひそひそと何やら話していた。 「あれ、何だろう」 「人・・・じゃないの?」 「金色してる」 「目が青いよ」 「見たこと無い」 囁き合う子ども達が何を言っているのか、レオには手に取るようにわかった。 子どもは素直に、真っ直ぐものを見ている。時として残忍な程に。 「わかった」 一人が声をあげた。 「鬼だよ」 今まで、何度同じ様な言葉を聞いてきたことだろう。 未だ耳にこびりついて、取れない。忌まわしい言葉。 「あの角が生えた?」 「きっとそうだ、食べられちゃう!」 言うと同時に一人が走る。 慌てて他の子ども達も続く。 きゃぁきゃぁと、悲鳴を上げながら走っていく小さな背中を、レオはそのまま見ていた。 怒りもせず、歎きもせずに。 ずっと、見ていた。 子ども達がさっきまでいた所に歩み寄る。 見たこともないモノにさぞ慌てた事だろう。証拠に、作りかけの花冠が落ちていた。 ダンッ おもむろにそれを足で踏み付ける。 慣れた事ダ。 レオは呟く。逃げる背中も、あの言葉も表情も。何を今更思うというのか。 無残に散った花びら。吹き抜ける風がさらっていく。 踵を返して歩いていた道に戻る。 蝶はさっきと同じようにレオの歩みにあわせとまったり飛んだりを繰り返していた。 そしてまた歩いて歩いて、再び人に会うことも無いまま目的地にたどり着いた。 コンコン レオが門を叩くと、さっそく標的が現れる。 「はい、どちら様ですかー?あー・・・」 レオを見て驚いた様に固まる。 「・・・」 一瞬の沈黙。 レオは何も言わない。何を言うかは分かっている。 「いらっしゃいませ。こんにちは、レオさん」 少女はにこっと笑った。いつもと同じ様に言った。 「・・・逃げませんネ」 奥へ案内されながら、レオはぽつりと呟いた。 「?何からですか?」 キョトン、と不思議そうに見上げてくる自分より少しだけ小さい少女。 わかっているから。 その瞳に冷たさが微塵もない事を、知っているから。 こうして目を逸らさないでいられるのだろう。 「・・・何でもありませんヨ」 「?」 ふ、と珍しく微笑みをもらしたレオがうぐいす張りの廊下を歩くと、 愛らしいピヨピヨという鳴き声が響いた。 春爛漫、どこまでものどかなままの一日だった。
あとがき
一番好評だった(と思われる)駄文。
誰だってこんなんされたら嫌いになると思いつつ書いた記憶が。
そして勝手に同情・勝手に妄想・気づいたらものすごい偏愛。不思議。
ちなみに花というのはレンゲです(この際どうでもいいんだが)