咲き散ればこそ
世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし 「んーっ、あったかくていい天気ー」 伊賀の里の門前、ほうき片手に大きく伸びをしたのは、お馴染み黒い頭巾の伊賀ずきん。 本日は大変お日柄もよく、絶好の花見日和である。 「はぁー・・・・・」 だらん、と伸ばした身体の力を抜いて、恨めしそうに呟く声。 「いいなぁ・・・・・・お花見」 事の起こりは朝食の席・・・ 「いいか、伊賀ずきん。今日は花見に行くから・・・」 「お花見!?」 花見と聞いた途端に、ぱぁっと顔を輝かせ始まるお馴染み乙女ちっくモード。 ああ、お花見・・・春霞の淡い青空の下に咲き乱れる山桜、 やわらかい春風にのって舞い散る花びら・・・・・ キラキラとバックに見に行かなくてもよいぐらい大量の桜を咲かせている伊賀ずきんであるが、 もちろん話はそう上手くは進まない。 「早合点するでない愚か者め!花見に行くのは里の重役じゃ!」 「え、じゃあ私は・・・」 「もち留守番。 ・・・今日は甲賀から使いが来ることになっておるからしっかりな」 「えぇー、そんなぁ・・・」 「そんなもこんなもない!くれぐれも留守の間修行をさぼらんように・・・わかったから返事!」 「はーい・・・」 と、いうわけで本日はしぶしぶお留守番な伊賀ずきんである。 (見たいなぁ、桜・・・今頃はきっとちょうど満開で、風に舞う花弁は雪のようで  ・・・ああ、早くしないと散ってしまう・・・・・・) 「あの」 すっかり桜に心奪われている伊賀ずきんの後ろから突然人影が現れた。 「?ぼたんさん&佐助さん?」 「違いマス。」 振り返った視線の先の人影は、想像したよりもいくらか小さい。 「・・・・・・今何か失礼なこと考えまシタネ・・・?  まぁ、それはともかく  おはようございマス、ミス・ゴールド」 言ってぺこりと挨拶したのは、意外や意外、南蛮忍者のレオだった。 「!レオさん?どうしてまた・・・」 「ちょっとお聞きしたいことがありましテ」 言って何やらごそごそと懐から取り出した。 「これは・・・和歌集ですか?」 「ハイ、実は前々からパードレに、宣教師が他国に宣教する際は、  その国の文化や生活習慣や思想を知ることが大切だと言われていたのデス。 『敵を知り愛を知れば百戦危うからズ』と」 「(敵て・・・また色々間違ってるなぁ・・・)そうですか」 「そこで、パードレが書かれた日本についての覚え書きや、  書庫にあった和歌集なんかを読んでみたのでスガ・・・  あはれ、いとをかし、行く河に浮かぶ泡、鐘の声に花の色、  明け方夕方月の満ち欠け雲の行方に溶ける雪・・・  みんな『ムジョウ』の一言で片付けられてますけどそもそも  『ムジョウ』って一体なんなんでスカ!?」 「え」 「・・・なるほど。  つまり南蛮人のレオさんには変わったり消えたり失くなったりするものを  美しいと感じる感覚がよくわからない、と」 「ハイ」 「うーーん、こればっかりは口で説明されて理解できても  納得できるものじゃないし・・・私も何て言ったらいいのやら・・・  よし、じゃあこの際だから、実際体感してみましょう!」 「・・・移り変わるもの?」 「はい。是非」 してみよう、とは言ったものの、具体的に何をすればいいのかわからないため、 お使いにやってきた甲賀二人組にアドバイスを求めてみることにした二人である。 「そんなのいくらでも身近にあるじゃないの・・・例えば  服部零蔵の行く末と・・・」 「佐助さんはどうですかー?」 「今父親の若い頃と瓜二つなら将来も・・・」 「是非お願いします」 「背中にファスナ・・・」 後ろのぼたんの声はあくまで聞こえないらしい。 「そうだな・・・確かにぼたんの言うとおり・・・  時は何もかもをその外見さえ容赦なく変えてしまう。奢れる者も久からず・・・  生まれたてのもこもこふわふわで小さい子ウサギも育つにつれしだいに大きくなってゆく。  小者必成、小さきものもやがては・・・」 「アノ」 「・・・次行きましょう。」 甲賀組のお使いが終了したので外に出てみることにした二人。 「ミス・ゴールド、切腹は『ムジョウ』デスカ?」 「うーん、言われてみれば殉教、殉職、忠臣蔵、  人の命も限りあるからこそ死を美化しているやも・・・」 「ハラキリってあんな感じですヨネ?」 川辺に見える人影は一度見たことがある気がした。 「チラリズム・・・見えるか見えないかのその危うさこそ真の色気・・・  全裸は全裸であり醸し出すのは野性味溢れるもののけ臭・・・  場の雰囲気に流され志半ばに剣を捨てようとはなんたる恥!  やはり拙者は維新を語るに足る者ではなかったでござる。  一度自刃し果てようとした我が命、かくなるうえは・・・」 「・・・いつかの変態ござる剣豪、まだやってたんだお色気維新  ・・・レオさん近づいちゃダメ」 「あんまキレイじゃないデスネ」 「そうですね。」 その後も二人の移り変わるもの探しは続いた。 青い空、水の流れ、雲の通い路、吹く春風、揺れるレンゲ草、・・・茜さす夕暮れ。 あきらめた。 「意外に見つかりませんねー」 言ってパラパラとレオが持ってきた和歌集を眺める伊賀ずきん。 いわゆる『儚い』ものはあるのだが、それを見つけるのと、 南蛮人のレオに『あはれ』を感じさせるのとではまた別の話な訳で。 「・・・やはり異人の私には土台無理な話だったんでスネ」 少し寂しげに笑みがもれる。 日本という国を否定し続けた自分が、今更何をしているのだろうと、 そんな自嘲にもとれる笑みが。 「レオさん・・・」 「いいんデス。なんとなく気になっただけですカラ」 「・・・・・・。おや?」 はた、とある一首の歌に目が止まった。 散ればこそ・・・ 「・・・・・・そうか、そうだ。大切なのを忘れてた・・・」 だっ、と何やらいきなり走り出す伊賀ずきん。 「!?ちょっと待って下サイ、ミス・ゴールド!」 「ここハ・・・?」 慌てて追いかけたレオの前には、見たことのない光景が広がっていた。 雪の季節はとうに過ぎた。ならば舞散るこれは・・・ 「おーいレオさーん、ここですよー」 呆然としているレオの上から声がかけられる。 「あの、ミス・ゴールド、この花は・・・」 夕暮れの茜色にうっすら染まった淡紅色の小さな花が、枝中ところ狭しと咲き乱れる。 樹全体がざわざわと、はかない花弁を落とす。 「桜、です」 「サクラ・・・でスカ」 「綺麗でしょー、実はずっとお花見に来たかったんですよ」 「でも一足遅かったようですね、花が散ってマスヨ」 「いえいえ、桜はこんなものですよ、咲いてすぐに散り出すんです」 「それは・・・・・・哀しい花デスネ」 「哀しい、ですか?」 「だって、散るということは生命の終わりでショウ」 「んー・・・確かにそうですけど、哀しいとは少し違います」 満開にも関わらず、さぁっ、と風が吹くたびに、いともたやすく花が散ってしまう。 ひらひらととめどなく、降る雪の如くただひたすらに。 「誰かが亡くなったり何かが変わったりするのはすごく切なくて悲しい・・・  だけど振り返ると、その哀しさの中、無意識に美を感じてるんですよね」 「それは・・・『ムジョウ』、移り変わるものだカラ?」 「たぶん」 散ればこそ いとど桜はめでたけれ うき世になにか久しかるべき 「さっきこの歌を見たから、桜のことを思い出したんです」 「そうでスカ・・・とにかくこんなに豪快に、  簡単に散ってしまう花を見たのは初めてデス」 「『散ればこそめでたい』でしょ?」 「エエ」 にっ、と笑って見せた伊賀ずきんとレオが登っているのは、満開の桜の樹。 「移ろいやすいからコソ・・・」 まだ『無常』というのが何なのか、納得できたとは言えない。 けれど、ひとつわかったことがある。 咲き誇り散る桜を愛しく惜しむ、満ちては欠け、欠けては満ちる月を愛する、 流れ帰らぬ浮雲を想う、それが、この国の人々。 「・・・ずっと見ていたいものデス」 不可能だから感じるこの気持ちだけでも、理解できてよかったと、少し思えた。 「秘技!九こう声天の術!えー、続きまして・・・」 場面一転、情緒もへったくれもない盛り上がりである。 「・・・そうか、師匠達も花見だった・・・」 「・・・これもまた、桜の楽しみ方でスカ」 「そうですね」 ところ変わって南蛮寺。 「パードレ、今日は日本について色々と学びまシタ」 「おお、素晴らシイ。して、何ヲ?」 「『無常』と『花より団子』についてデス」 「?」 「日本人はとにかく桜の花が好きだということデスヨ」 世の中にまったく桜の花がなかったとしたら、いつ咲くだろうか、 雨で散らないだろうかと心配しないで済むから春の人の心は穏やかだろうに・・・ いや、散るからこそ、いっそう桜は素晴らしいのだ。 このつらい世の中、変わらないままでいられるものがあるだろうか。 桜木の上、花びらに包まれたあの時、自分が少しだけこの国に溶け込んだ気がした。
あとがき
桜に対する日本人と異人の間の気持ちの差が書きたかった。
でもちょっと消化不良。さりげなく続編考え中。