呼び名
襲名。
それは代々受け継がれる名という束縛。
風魔小太郎、その名を背負ったその日から、自分は盗賊になった。
価値のあるモノを盗む。
時には人をさらい、傷つけ、殺す。
産まれた瞬間決まった人生。
それを嫌だと思った事はない。
ただ、時々わからなくなるだけで。
名前の無い少女に、いつかそんな話をした事がある。
お前は頭巾をとれば何者にもなれる、なんと自由なのだろう、と。
そう自分が言うと納得したように、
名の無い少女は名の無いまま帰って(というか逃げて)いった。
確かに少女の呼び名はとても自由だ。
しかし、ひとつ困った事がある。
それがあまりに自由過ぎるせいで、少女まで届かない。
会いたい人を伝える呼び名がない。
それがこんなにもどかしいなんて・・・。
「やっぱり語呂が悪くても風魔ずきんの方がわかりやすい!
なんだAとかBって!?」
伊賀ずきん、伊賀で頭巾を被れば、皆伊賀ずきん。
伊賀ずきん(F)を呼ぶ自分だけの呼び名が欲しい小太郎だった。
とりあえず風魔で。それはのちに展開を左右する大きな要素なんですよコタさん。
視線
気付けば視線の先に何があるのかを、自分はいつも尋ねている。
「・・・」
「何を見ている?」
少女の視線がこちらを向く。
「空です。春霞に霞んで優しい色だから」
「・・・」
「何を見ている?」
少女の視線がこちらを向く。
「空です。夕立の後は虹が出てるかもしれませんから」
「・・・」
「何を見ている?」
少女の視線がこちらを向く。
「空です。夕焼けが一年で一番綺麗な時だから」
「・・・」
「何を見ている?」
少女の視線がこちらを向く。
「空です。初雪が降りそうだから」
「・・・」
「何を見ている?」
「・・・ふふっ、やっぱり」
「?」
「いえ、こうしてると必ず零蔵様に
何を見ているのか聞かれるなぁと思って・・・」
少女の視線が、向けられる。
「・・・また空か」
「いえ、見ていたけど、見ていません」
「どういう事だ?」
「零蔵様に何を見ているのか聞かれたら、
何て答えようかなぁと思いながら見ていたので」
気付けばいつも尋ねていた。
視線をこちらに向けさせるかのように。
気になっていたのはその対象より存在そのもの。
噂
「どこかの町の屋敷がまた狙われたって」
「妙な宗教詐欺を始めたらしい」
「怪しげな恰好で党員の訓練を・・・」
人の噂も七十五日、とはよく言うが、
風魔党の悪事も千里を走り、伊賀の里に届く。
その度に話が少しずつ変わっていく様子は恐ろしいようで、
真相を知っている分にはおもしろいようで・・・。
突拍子もない噂の向こうのあの人を、私だけが知っている。
たぶん、誰よりもよく。
「党首って実は若禿なんですって!」
「!?・・・っあはははははは・・・」(軽い罪悪感)
噂を聞く度感じる優越感に似たこの気持ち。
意外に無邪気に笑う、皆が知らないあの人。
噂が本物に掛け離れていればいる程に、私はあの人を近く感じる事ができる。
―さあ、次はどんな噂になって、現れてくれるのだろう?
まさか盗賊団が妖怪(見た目儚げな女の人)に牛耳られているとはお釈迦様でも思うめぇ。そしてドビンちゃんの復讐大成功。
背中
大きな背中。伝わる体温。絶対的な安心。
森で修業して足をくじき、動けないまま夜を明かした事がある。
ひやりと冷たい暗闇に一人、いつ何が襲ってくるかわからない恐怖。
あんなに朝日を恋しく思った事はない。
日の出と同時に、探しに来た人影が現れた。
逆光で顔は見えなかったけれど、誰だかは一目でわかる。
光が眩しくて涙が出た。
温い、とあきれられながらも背負われる。
申し訳ないと思ったけど、仕方ない。
いつもは眺めるだけの背中は大きくて、冷えた体に温かい。
目を閉じる。
歩みに合わせた心地よい揺れと、掌に感じる温み。
疲労からくる、とろりとした眠気に誘われる一方で、
眠ってしまうのがもったいなくて。
―今なら熊が出ようが狼が出ようが宇宙人が降ってこようが、大丈夫。
そう思った。
ここは世界で一番安全な場所。
帰ったらまた師匠に怒られるに決まっているけど、
それすらどうでもよかった。
少しでも長くここにいたい、それだけ。
何も考えないで、運ばれるがままに。
誰かに甘えた事なんてなかった私は、
無防備に守られる事がこんなにも心地よいものだとは知らなかった。
今でも時々、あの大きな背中に背負われながら、感じた気持ちを思い出す。
もちろん師匠の「なっとらーん!!」が待ってるんですが。私が書く零伊は恋というより家族のような雰囲気になってしまうのでした。
夢をみた
夢を見た
夢を見ていた
もう
消えてしまったけれど
甘くて優しい夢だった
温かくて幸せな夢だった
二度と
叶うことはないけれど
月日は流れた
がむしゃらな青年時代はすでに遠い過去のことで
目前に横たわるのは
焼けた町
バテレン追放
キリシタン迫害
そんな
容赦ない現実だけ
ガラガラ
崩れていく建物
崩れていく淡い想い
「いつの日かこの国と共に」
そんな夢を
今まで見ていたというのか
少しでも信じていたというのか
笑いが込み上げた
なんと愚かなのだろう
そんな事は不可能だと
わかっていた
初めから
わかっていた
鬼と言われた
醜いと言われた
言われたのに
あの些細な一言に
今までずっと
今なお、ずっと
占められ続けているなんて
受けた仕打
投げつけられた罵声
―こうして焼け跡に佇む今でさえも
あの夢を
思い出している
久しぶりに夢を見た
自分を見てキレイと呟いた声も
月に照らされたあの顔も
もう霞んでしまっていたけれど
とっくの昔に覚めたはずの夢は未だ
私に夢を見せている
夢を見た
夢を見ていた
たとえ消えてしまったとしても・・・
忘れることは
できなかった。
歩み寄ろうと思っても、国も時代も人も最後までそれを許さなかった。史実を引っ張り出すなってかんじですが。
トクリ
トクリ
小さな背丈
見上げてくる大きな瞳
胸が、鳴る
何気ない一言
こぼした笑み
そんな些細な
あなたの一挙一動
些細だからこそいつも
不意を突かれて
トクリ
心臓は
自分よりよっぽど正直で
トクリ
トクリ・・・
胸が鳴る度
必死に収える自分がいて
だから余計
胸の鼓動は収まらなくて
あなたはいつもこうやって
人の心を掻き乱す
そんなあなたがとても憎くて
掻き乱される自分が情けなくて
トクリ、トクリ・・・
―悔しくて、仕方ない
それでも今の私に
この鼓動を止める術は無いから
あなたの好きな
青空に視線を逃がす
「いい天気ですね」
人の気も知らないで
そんなことを言うあなたに
また、掻き乱されぬように
胸の動悸は良心の呵責。火照る頬は悪事の露見の恐れ。そんな無自覚レオ君に誰かツッコミ入れてください。
幸せの瞬間
それは一瞬。
当たり前で簡単で
他人にはどうでもいいことかもしれない。
とても些細でありふれた
――幸せの瞬間。
「あ、零蔵様だ」
忍務へ向かう夕暮れ時のその途中、
味噌を抱えた少女がこちらをみとめてやってくる。
「いってらっしゃい」
「うむ」
「あ、零蔵様だ」
忍務を終えた明け方里の門をくぐると、
洗濯物を干している見習いがこちらをみとめてやってくる。
「おかえりなさい」
「・・・うむ」
他の者には真似できない
そのごく普通のやりとり
幸せというには
いささか大袈裟で
瞬間というには
ありきたり過ぎるけれど
今日もまた
変わらぬ一瞬がここにはある。
「いらっしゃいませ」よりも「またきてください」よりも特殊な関係。単純簡潔さナンバーワン。まあ題名が「瞬間」だし。
胸が痛い
痛い、痛い
今まで受けたどの仕打よりもひどく
痛み、疼いて、張り裂けてしまいそうなくらいに
胸が痛い
今までこんなことはなかった
この程度のことは日常茶飯事で
いちいち傷ついたりしなかった
傷ついていないふりができた
怒ることができた
なのにどうして
あなたに少し
避けられただけで
冷たくされただけで
こんなにもひどく
息ができないくらいに
胸が痛むのでしょう
あなたにだけは
世界中が拒絶しようと
あなたにだけは
私を認めて
…欲しかった
ささいなことで傷つくのは、その存在がとても大きな意味を持っているから。うちのレオにかっこよさを求めてはいけない。
泣きたい気持ち
悔しいからか
悲しいからか
あるいは・・・
あなたといると
いつもいつも
泣きたい気持ちが
襲ってくる。
「そんなに私が憎いですかミス・ゴールド!」
「?私にはレオさんを憎む理由がないんですけど
・・・・憎いと言っているのは、レオさんの方でしょう?」
「!・・・――」
そう言われれば、それはそのとおりで。
反論できずに、しばし固まる。
では何故、こんな風に思ってしまうのだろう?
こんなに憎んでいるから
相手もまた自分を憎んでいる
こんな自分が
憎まれていないはずがない
思い込みなのだろうか
自分の中だけで
勝手に憎しみを増幅させて
相手の好意を傷つけているとでも――?
「私は、レオさんのこと嫌いじゃないですよ」
人の気も知らないで
にこっと笑って
また同じアングルで言われた途端
体中に詰まっていた毒が
溶け出すような感覚。
じわり浮かんでくる涙を
必死で抑えながら
平常心を
取り戻そうとする
こんなとき
いつもいつも
突然湧きだす
この気持ち
――見せてなるものか。
この笑顔
このセリフ
このパターン
わかっている。
次の展開が
どうなることくらい
「別に好きでもないし・・・」
「・・・・・・」
「それ以前にどうとも思ってませんし」
「・・・・・・」
そんなことを
にっこり笑って言うあなたは
やはり憎くて仕方なく
それでもこうして
自分が何をやらかしても
変わらず笑いかけてくる
あなたは嫌いではなくて・・・
「だから細かいことは気にしないで、またいつでも来てくださいね」
「・・・ミス・ゴールド」
「はい?」
――やっぱり殺していいデスカ?
訳のわからぬこの気持ちが
あなたのせいで
溢れ流れて
涙と形を成す前に。
Fはレオに対して特に腹黒いのがデフォだと思うんですが。それにしてもいつ「社交辞令」から「友達」に昇格したんだろうか?
恋かもしれない
恋かもしれない。
気付くのが
ひどく遅かったのかもしれないけれど。
気付かない
ふりをしただけなのかもしれないけれど。
仲間として欲しいかと聞かれれば
欲しいと言うだろう。
部下として放っておけないかと聞かれれば
おけないと答えるだろう。
日本人として憎いかと問われれば
憎いとしか言いようがない。
オレは
私は
私ハ
どうしてあの少女を
こんなにも
気にしてしまうのだろうか
どれも
間違いではなく
正解でもない
三者三様
現す態度はそれぞれ異なれど
根を成す感情は
みな等しく単純で
ひどくわかりにくい
故に
本日もまた
「恋かもしれない」
そんな甘美な響きは
露もなく
騒々しくも
鮮やかに
少女の報われぬ日々が始まる
三者共演暴走失礼。愛ゆえに報われないのが「伊賀ずきん」ですよ…ね。甲賀組出てないのはご愛敬。