※今は昔の世は戦国なので、未成年の飲酒禁止とかまだない時代のお話。
※絵チャで出た「ぼたんは酒に弱いくせに無理して飲みそう」という設定を元に派生。
※当然のように佐ぼた。






甲賀の里に牡丹あり――
そう言われるようになって久しい。
牡丹花は百花の王、つまり百たるくのいちの王たれと、願ってつけられたこの名前。
威風堂々咲き誇り、獅子と並べば男気の象徴ともされる。
美しさと強さを兼ね備えた花。

それが私、私の名前。





「ぼたん殿がいると宴席が華やぎますな」
「絵になっておる」
今夜は宴会に合わせて普通の着物を着ている。名前に合わせた赤い大きな牡丹の柄。ただ、いつもの装束と違ってかなり布の面積が多いのでうっとおしい。そして帯が少し窮屈だ。
「いや、まことに出雲守殿はよいお弟子をお持ちで」
「恥ずかしながら」
なんだかんだで酔っ払って上機嫌の年寄りたちが、盃を片手に酒をすすめ合う。
「ささ、ぼたん殿も一杯」
「どうも」
注がれた分をぐいと一気にあおれば、これは見事な飲みっぷり、さすがは牡丹花の名を負うくのいち、とまた上機嫌。

(ああ面倒くせぇー……)

宴席に侍るなど、媚びが死ぬほど嫌いな自分にとって最も苦痛な行為である。言ってしまえばとにかく若い娘が宴会にいるだけでいいんだろ、とも思うのだが、それはやはり忍の世界のお偉方。

「お師匠様、また宴会ですか?」
「お前がこういう場を好まないのは分かっておるが、みな一目『百花王』を見てみたいと聞かんでな。ぼたんの名は甲賀の外にも届いておるしのぉ……」
尊敬する師匠である出雲守にこう言われては、無下に断るわけにもいかない。里長としての顔もあるだろうし、何よりその直弟子である自分が無礼な真似をすれば里の評判を落としかねない。
「分かりました」
「酌はせずともよい。とりあえず同席して頃合いを見計らって抜け出しなさい。どうせ翌日には誰も覚えちゃおらんのだ」
ふぉっほ、といつものように穏やかに笑ってお師匠様は気遣ってくれたのだが。

「男顔負けの威勢のよさ」
「うちのにも爪の垢を煎じて飲ませたいものじゃ」
調子のいいことを―――と思いながらも、正直褒められて悪い気はしないし、杯を満たされればすぐに空けねば気が済まない。
女々しく「もう十分ですわ」なんて、鳥肌が立つようなこと言ってたまるか!
そうしてすすめられるがまま飲み干して、飲み干して、飲み干して。
女だからとなめられるのは我慢ならないから、これでもかというくらい
大仰に飲み干して、飲み干して、飲み……

「ぼたん」
さすがに飲んだ、と思いながらもまた盃を空けようとしたところに、タイミング悪く声をかけられる。
「ん、佐助、いたの?」
「最初から」
「あ、そ。で?」
「実は明日の任務で協力して欲しいことが」
「はぁ?何?」
「仕事の話はここでは出来ない」
「仕方ないわねぇ」
よいしょ、と腰をあげれば酒が入った足はふらりと頼りない。しかも今は着物だ。露出の多いいつもの装束に慣れてしまっているので、この足にまとわりつく布が邪魔なこと邪魔なこと。だがここで倒れてはみなの笑い者だ。とにかく意識をしっかり保たねば。
「……う」
ふすまを開けて、どうにか廊下に出る。夜風が心地よい…と、そこまではよかったのだが。
「気、モチ、悪……」
立って歩いたせいか、急激な吐き気が襲ってくる。思わず口を押さえるが、これは、まずい、とても。血の気が引いていくのが分かる。佐助がふすまを閉め、騒ぎのボリュームが小さくなったのを確認すると、その場にへたり込んでしまう。
「吐、く」
「……だろうな」
大きなため息が聞こえた気がするが、今はそれどころではない。せりあがってくる不快感がガンガンと警鐘を鳴らしている。待て待て待て。ここではダメだ。絶対ダメだ。そんなことになったら、ただでさえ望み薄というのに、漫画のヒロインとして大事な何かを失ってしまうではないか。こんな所で女である自覚をするのも妙な話だが、これはまずい。
「……厠まで我慢しろ」
その後は佐助に肩を借りる形でずるずると歩かされ、まあ、どうにか事なきを得た。







「…あんたが立たせたりするからよ」
と恨み事を言えば、いいから水、と杯を渡される。
「すっかり酔いがまわっちゃったわ…」
ぺっと一口目で口をすすぐ。さっぱりした。水はほどよく冷たくて、残りをごくごくと飲み干せばずいぶん気分が軽くなる。酒というのは一度吐いてしまえば結構楽になるものだ。まあ好きで飲んでいるわけでもないのだが、すすめられれば飲まねばならぬ。今回は、いや、今回も?とにかく飲んでしまったものは仕方ない。そもそも忍に酒は禁物だというのに、次々とすすめてくる方が悪いのだ。
「……」
佐助が何か言いたげだがそんなものは無視する。ああ、しかし酔っ払いの相手は本当に面倒くさかった。また戻りたいとも思わないし、いい機会だ。このまま抜けてしまおう。
「明日休みもらっててよかったー」
気持ち悪さが幾分取り除かれて残るのは、酔ったときのふわふわとした感覚。そのまま縁側にごろんと寝転んで、床板に火照った頬を押しあてる。
「冷たい。気持ちいい」
「そうか」
「てかなんか暑くない?」
「酔ってるからだろ」
上空には月が出ている。さっきまでガヤガヤとうるさかった耳元を夜風がくすぐっていく。静かで、とても気分が落ち着いてくる。なんだかまぶたが重くなってきた。酒のせいだ。頭はぼーっとするし、身体は熱いし、動くのはだるいし、暑いし、眠たいし、布々しい着物は邪魔だし、まだ若干胸にむかつきはあるし、ああもう、なんだこれは。
ごろごろしながら「うー」とか「あー」とかうなっていたら佐助が顔を覗き込んできた。


「…少しは楽になったか?」
こく、とうなずく。よく分からないがさっきよりは随分と楽になったので機嫌がなおる。帯は窮屈で気分は悪かったし、髪飾りは寝転んだら邪魔だったし。涼しくなった。気持ちがいい。


「……あ。そうだ。」
思い出した。
「明日の任務って?」
それでここまで来たんだ。わざわざ。
「ああ、そうだった」
本人も忘れているようだった。
「ったく、呼び出しておいて…」
なんなのよー、とぶつぶつ言っていると、思案顔の佐助がこちらを向く。
「和泉式部日記は今誰に貸してただろうか」
「はぁー?」
「俺は知らない」
「んなもん自分で帳簿見てくりゃいいじゃないのー…」
「それもそうだ」
「ていうか気になることってそれ?」
「伊賀ずきんが読みたがっていたから、ついでに渡しておこうかと」
「あ、そ。ったくもー、あんた本当なんていうか、小さい」
よいしょ、と上半身を起こして、ポスポスと佐助の頭をはたく。
いつもならグーで殴りつけるところだが、今夜はそこまで元気じゃない。
「書類の整理とかー、書庫の帳簿とかー」
「ああ」
「明日やりゃいいことまでいちいち気にしてー」
「ああ」
「今日なんてわざわざ宴会中だしさぁ」
「ああ」
「影は薄いしさぁー」
たまにぼたんも忘れてしまうほどだ。
「もっと、ヒーローっぽく…存在主張、を」
こんなに内気で弱気で根暗なやつだけど、本気を出せばそれなりに強いのだ。皆があまり知らないだけで。
「なんか、こう、女の人の一人や二人…」
ダメだ、まぶたが本格的に重い。目がしぱしぱする。
「ピンチから、助けた…り…」
段々呂律が回らなくなって、視界も徐々にぼやけてくるが、半分になった目はいつものように佐助を映し続けている。
「せっ…かっこ…、に」
首がかくんと下を向くと、こら、とそっと上を向かされる。火照った頬に冷たい指先が触れている。
「……」
切れ長の目が小動物を愛でる時のように優しく細められていて、ああ、こんな顔も出来るのにな、と思う。いつもどこにいるのか分からないしどこ見てるのか分からないし何考えてるか分からないし……。
でもちゃんと笑うのも、知ってるんだから。うさぎやリス相手だけなんて、もったいない。こうやって月明かりの下、ほほ笑みかけられたら女の子の一人や二人、引っかかってもおかしくない、はずなのに。
「甲斐…しょな…し」
「焦点があってないぞ」
目の前で手のひらをひらひらと振りながら、くすりと可笑しそうにまた目を細める。どうしてこれを他人は知らないのだろう。ああもったいない。笑ってないでなんとか言え。
「軽々…姫様、抱っこで…、と」
それくらい それらしいこと 
  周りにやってみせれば いいのよ

ゆらり、ゆらり、視界が揺れて
まばたきの頻度が減っていく
ぐらり、ぐらり、不安定な身体は安定を求めてゆっくり倒れ――ほら。
やわらかく受け止められて、ちゃんと支えが出来た。
ねぇ

佐助だって
 ちゃんと 誰かの
  ヒーロー
   に
 な…




「おい…………寝るな」
何やらむにゃむにゃ言いながら意識を手放してしまったぼたんに、佐助はやれやれとため息をつく。肩をゆすっても何の反応もない。
(弱いくせに無理するからだ)
はっきり言って、ぼたんは酒が飲める方ではない。好き嫌いの問題ではなくて、体質的に不向きなのだ。こればかりは本人の意思でどうにかなるものでもないのに、普通に飲める人間も驚くぐらいの勢いで飲もうとするからなおさらひどいことになる。おそらく、薬を飲むようなつもりで最初から我慢しているせいだろう、不快感で自分の許容量を越えたかどうかが分からないのだ。
(正解だった、な)
佐助がいるのかいないのか分からない程度で宴席に混じっているのはいつものことだが、今回は特に真剣に空気に徹していた。理由はもちろん、ぽすん、と腕の中におさまってきたこの酔っ払いにある。
(ここまで前後不覚になるのは論外だ)
優秀なくのいちが聞いてあきれる、とも思うが、今宵のように里で開かれる宴席には、伊賀の里長のような名だたる忍が顔をそろえる。そこではやはり「甲賀のぼたん」としての矜持が勝ってしまうのか、止めに入らない限り絶対に飲むのをやめようとしないから、危ない。
(……危ない。本当に危ない)
理由をつけて飲みの席から外させると、プレッシャーから解放されるのか、とたんに分かりやすく酔い始める。いつもの暴力的な部分がそがれて、標的となる佐助としてはとても助かるし、普段と比べれば随分可愛い仕草になって見ている分には結構楽しいのだけれど。

それは今ここに佐助以外の人間がいないからであって。

脱力して寄りかかってくる身体を抱えなおしながら、顔をのぞき込む。
(いや…いつもの装束に比べれば着ている方、だが)
暑いだのきついだの苦しいだのと顔色を悪くしながら文句を垂れるので、着こんでいる衣服を緩めてというか数枚脱がせてやったのだが、だから何だという様子でぼーっとしているのは、あまりよろしくない。今も赤の他人にはあまり堂々と見せられない恰好だというのに屋外で無防備に寝てしまうし、目の届かない所で酔わせてはならないと改めて思う。まだ自分の庭だからいいが、余所様でもしこんな醜態をさらすはめになったら、と考えると本当に危険極まりない。いろんな意味で。

(このままじゃ風邪をひくか)
よいしょ、と両足を抱えて立ち上がろうと膝を立てる。
「重…」
思わず女の子相手に絶対言ってはいけない暴言を吐いてしまった。聞かれていたら確実に殴られる、が、大きな目はぴったりと閉じたままで佐助のことなんて文字通り眼中にない様子だ。
(……)
ちょっと情けない、気もするが、本格的に寝入っている人間一人抱えるのは結構大変なのだ。しかも佐助はぼたんと同じくらいしか身長がないので、なおさら。ぼたんも細身とはいえ全身に鍛えた筋肉がそれなりにある。着物の分、質量も増える。佐助も素面とはいえほんの少しは酒が入っているわけだし。うん、決して非力なわけではない。決して。
(これはもう起きないな)
明日のためにあと数杯水を飲ませておくべきだったのだが、獣を起こすような真似はあまりしたくない。奇麗な顔ですやすやと眠る姿は一変して、多分ものすごく不機嫌な拳を繰り出してくる。きっと二日酔いの頭痛よりも痛い思いをするはめになるだろう、もちろん自分が。避けたら避けたでさらにムキになるし、困ったものだ。
本日何度目かのため息をつきながら、勢いをつけて立ちあがり、ひたと寝室へ向かって歩を進めると、月光で白む廊下に二人分の影がひとつ浮かんで先を行く。
(この体勢は、いわゆる…)
ふと、寝入る直前に言っていたことを思い出した。
ほぼ聞き取れなかったが、要はいつも言われるアレだろう。

『もっと佐助はヒーローらしく、ピンチから女の人の一人や二人
 助けだして云々…』


(……いつもやってるつもりなんだがな)


確かにお話の主人公らしくはないけれど。
重いとか言ってしまうけれど。
翌日に酒を残してぐったりしている人間の枕元に、冷たい水を一杯持っていってやることだって、立派なヒーロー的人助けだと思っている。


――…ちなみに、彼に課された明日の任務というのももちろんそれであるのだが、介抱される張本人は当然のように昨夜の記憶などほとんど残してはいないのだった。



甲賀の里に牡丹あり――
そう言われるようになる前からずっと。
人一倍目立って気位が高く、頂点を求め続ける大輪の花。
その陰に「助ける男」の名を持つ少年が地味ながら側にいることを人々はいつも見ているようで、あまり知らない。
本人が知られたいとも思っていないので、多分それでいいのだろう。








ばたんと小動物限定ヒーローでもういいじゃない。佐ぼた万歳!
「弱いくせに飲む」→「佐助が介抱する」→「酒で素直になるぼたん」という絵チャで出た神設定を元に書いてみました。
酔っ払ってぽやぽやしながらものすごく素直になるぼたんとかきっと超可愛い。
(ただし自分でそんなこと思ったりしたことは覚えていない)
宴会という戦場から救い出した特権ということで佐助はそれを一人占めしてればよいと思います。