甘いの
「ミス・ゴールド!!大変不本意極まりないですがこれを差し上げマス!!!」 「は?」 雨の季節、突然レオが伊賀の里を訪れた。 遡ること数日前・・・ 「パードレ、焼けましたヨ。おやつにしまショウ」 今は昔の戦国日本、男が料理は板前と相場が決まっているけれど、 ここは世に言う南蛮寺。 本日のおやつはレオお手製のカステラである。 「久しぶりに作ったのですガ・・・味はいかがですカ」 「素晴らしいアタナシウス・・・」 「砂糖、卵、小麦粉の三味が一体となる美味、  子羊の菓子の腕は相変わらず一級、の意ですネ。 ありがとうございマス、それでは私も・・・」 ぱくり。 一口食べると、柔らかく溶けて、口の中いっぱいに甘さが広がる。 (なかなか良い出来デス) 以前作った毒入りカステラを味見をするわけにはいかなかったので、 食べるのは久しぶりのことだ。 自分は特別甘いものが好きなわけではないけれど、やはり美味しいと思う。 それが、甘いもの好きな少女ならば・・・? 「フフフ、もしミス・ゴールドがこの状況を見たら、 さぞかし羨ましがることでショウ」 以前カステラを持って行った時、毒入りと最後まで知らなかった本人は、 片付けの最中も恨めしそうに甘いの甘いのと呟いていた。 あそこは忍の里、南蛮菓子どころか砂糖すら食べる機会は滅多にない。 羨ましそうにいいなぁと食べたがる顔が目に浮かぶ。 (きっと今頃せんべいや団子でも食べているのデショウ) ちゃぶ台で緑茶をすすっている姿を思いながらぱくりと、一口。 (洋菓子にはやはり紅茶デス) また、一口。食べ進める手は休めない。しかし・・・ この甘さが、少女の顔を小動物のように、 この上ないくらい幸せにほころばせるのかありありと想像できてしまう。 (・・・甘いものが大好き、カ) 広がる甘さと、変な感情。 なんだかよくわからないが、 こうして自分だけ甘いものを食べてることに違和感を覚える。 すっきりしないというか、物足りないというか。 とにかく、目の前の皿にちょこんと乗ったカステラを それ以上食べる気は起きなかった。 (こうして美味しいと思うよりも、もっと喜ぶんでしょうネ・・・私より) 「・・・あなたがとても食べたがってたのを思い出したせいで 私のおやつタイムが台なしになってしまったじゃないデスカ!」 「(なんか理不尽に怒られた・・・)それではこれはもしかすると・・・」 ぱかっ 「うわぁ・・・」 縦長の箱にきちんとおさまっているのは、甘い甘いカステラ。 「わざわざ持ってきてくれたんですか?」 「別にいらないなら持って帰りマス」 「いいえ!是非いただきます!ありがとうございます!」 「・・・」 食べないのはもったいないと思って持ってきたが、 いざこうやってご機嫌にお礼を言われると、 なんだか照れ臭くて仕方がないレオである。 「・・・味の保障はしませんカラ!」 慌ててぷい、と背を向けて里を後にする。 「また来て下さいねー、今度は私が何かご馳走しますー」 なんともわかりやすい、幸せそうな声がレオの背中を追い掛けた。 「ミス・ゴールドは私がカステラを食べてるのを知らなかったのに、 私は律義に何をしてるヤラ・・・」 以前罠を仕掛けたという罪悪感も多少はあったし、 同じ食べるなら一番喜ぶ人間が食べるのがいいだろう、と思ったのも事実だが。 ・・・単純に、食べて喜ぶ顔が頭に浮かんだら、食べさせてやりたくなっただけなのだ。 この気持ちが何を意味するのかよくわからないけど、 また近いうちに作るのも悪くないと思った。 そんなほんのり甘い、雨の季節のおやつ時のことだった。 「・・・今は昔の世は戦国、保存料、着色料は一切使用しておりません・・・ ってことはつまり」 「お早めにお召し上がり下さい、ということじゃな」 作られて数日経った無添加の生菓子はとても固くなっていたらしい。 しかも現在、梅雨前線停滞中。 くせ毛も広がる湿気の季節。 ・・・これ以上はやめておこう。 「味はともかく、品質の保証はして欲しかったんですけど・・・」 仰いだ鉛色の空は、伊賀ずきんに代わってぽつぽつと涙を落としていたとか。
あとがき
「賞味期限:底面に記載」ってちょっとイラってするよね(関係ないし)
うちのレオ君はもう甘過ぎて駄目ですね(いろんな意味で)
そして実はこの背景カステラではないという…(黙っとれ)